はじめに

私の職業は行政書士というもので、法律家の一種です。

お客様は会社の方が大半になりますが、週に1回ぐらいのペースで、個人のお客様から相談事のお電話や面談のご希望をいただきます。

最近の終活ブームを背景に、相続のご相談が多いのですが、次に多いのは、契約のトラブルに関するものです。

「お金を貸したのに返ってこない。」

「よく見ないで契約書のハンコを押してしまった。」

こういう場合、雑誌の特集とかネットのコラムでは、裁判にうったえる方法とか取り立てる方法が書いてあります。

これは、トラブルになった場合の事後の話で、こうなってしまった場合には、弁護士の先生にお願いするしかありません。

しかし、ご相談をお受けしたり、お話をお聴きしていて思うのは、事前に気をつけておけばよかったのにと思うことが大半です。

これを、業界用語で「予防法務」と呼んでおりますが、私は、ココに重点を置いた啓発活動を進めようと思っています。

もう一つご紹介するのが「法教育」という言葉。

これは、文字どおり、法律の知識とか考え方の教育のことで、すでに小中学校で行われているところもありますが、私の経験から得た独自の視点で法教育の取り組みを始めました。

本稿は、タイトルにもありますように、社会に出る前のお子様に習得してほしい内容をまとめたものです。親御さんに一読いただいてお役に立てれば幸いに存じます。

なお、「知っておくべき法律の知識」と題しておりますが、法学概論とか具体的な法律の解説書ではありません。その点、お含みおきください。

何が問題となっているのか

ご相談のご連絡をくださる方の第一声は、
「いったい何が起こっているのかが分からない」
「どこに(誰に)尋ねたらよいのか分からない」
「こんなことを聞いても大丈夫ですか?」
この流れで始まります。

そこで、
法律上何が問題なのか、
どこのだれに相談したらよいのか

このアウトラインを説明してさしあげるだけで安心されることが多いです。

ウラを返すと、こういうアウトラインを感覚として持っていれば、あたふたすることなく行動にでることができるということだと思います。

大人でさえ右往左往してしまうのですから、子供たちが社会に出て、トラブルになった場合にどうなるのかは想像に難くありません。

この内容は、私は少なくとも小中高では習わなかったものです。

「学校で教えないから、社会に出てから困るんだ。」

「ビジネスのしくみも教えない教育制度がおかしい。」

このように言うのは簡単です。しかし、それでは現状維持をさらに進めることになりかねないので、自分が教える立場になればいいじゃないと思っております。

それでは具体的な内容に入ります。

契約のルール

中学生の社会科の授業で、契約とは何かというものを学ぶと思います。

正規科目に法教育の内容が入っているのです。

社会に出ると、必ずや何らかの契約を結ぶことになるので、この勉強は必須であって、何の異論もありません。

・契約の成立には、お互いの意思の合致が必要で、
・未成年でないことなどの行為能力があって、
・詐欺・脅迫などで自由な意思を妨害されていないこと
という、法律上検討しなくてはならない項目と順番。

これは、民法の体系論のような入門書に分かりやすく書いてあります。

また、18歳以上が成年になる予定なので、政府が作成したリーフレットも出ています。

でも、「以上を理解した上で、契約書をよく読むべし。」と言われても読めませんよね。

実は、大学の法学部で理論を学んでも契約書を読めるようにはなりません。

理論を理解した上で、さらに、その理論が実際の契約書でどのように書くのかということまで学ばなければなりません。

法律事務所で出版している、弁護士の書いた契約の解説本を読み込む必要があります。

それじゃ、子供たちはどうしたらいいんだということになりますが、困りごとができた場合には専門家に相談するしかないと思います。

そして相談する際には、いつ、どういうことがあったのかを説明できるようにしておく。

さらに、何か約束事をまとめた契約書のようなものがあるのなら、きちっと保管しておいてください。

今の時点では、

① 契約書はそんなにカンタンなものではない。

② 中身も読まないでハンコを押すのはNG

これだけは、おぼえておいてください。

かつて、ネットのない時代には、高価な英会話などの教材を購入する場合、ぎょうぎょうしい複写式の契約書に署名・押印してくださいと言われたので、何かヤバイなと思ったらハンコは押せないなという判断ができました。

しかし、今は、ネット上でカンタンに入力して、いろいろなボタンをクリックして、ハンコを押さなくても契約が成立してしまいます。

契約の条件は、ウェブサイトの分かりにくい場所に配置されていて、しかもフォントサイズを小さくした細かい字で難解な法律用語が並んでいます。

入力画面の下には、「素晴らしいサービスでした」というコメント記事がたくさん並んでいるので、何となく大丈夫かなと思って、契約の条件を読まないで同意をクリックしてしまう。

このような危険性は、クレジットカードで買い物をしたときの支払方法でも生じます。

また、今後の電子マネーによる決済の際にも同じような危険性があると思うので、ネットの申し込みの手順に沿って進むにしても、分からなければ「同意」はしないということだけは頭に入れておいてください。

働くときのルール

働くときには、労働契約というものが結ばれます。これも契約書の1つですが、社会問題化しているようですので、独立して取り上げます。

ブラック企業という言葉が一時期流行りました。

たくさんの時間働かされて、お金を少ししかもらえない。サービス残業になっているというトラブル。

また、突然、辞めさせられるという解雇の問題や、反対に辞めさせてもらえないというトラブル。

辞めてもほかの会社に行けないように誓約書を書かされたとか、辞めるなら会社に損害賠償しろとか。

そういうことに巻き込まれた方に、「働く前に会社と取り決めたきの条件(労働条件)は何ですか?」とお聞きしても、確認していない方が結構多いようです。

まずは、最低限次のような項目を確認してください。

・契約はいつまでか?

・どんな仕事をやるのか?

・仕事の始まりと終わりの時刻

・休日

・給料の決め方ともらえる日

最終的な就職の申し込みはそれからです。

なお、働き始めるときには「労働条件通知書」というものをもらえる決まりになっていて、その中にも書いてあります。

その他にも知っておくべきルールがあります。

最近の働き方改革のニュースでもお聞きになっていると思いますが、契約は全く自由に結ぶことができるわけではありません。

労働基準法などの法律で、働く方を守るために時間外労働などが制限されています。

厚生労働省のウェブサイトにくわしく紹介されているので、是非ごらんになってください。

これってあり?~まんが知って役立つ労働法Q&A~

犯罪者にならないこと

私は直接相談を受けたことはありませんが、未成年が悪ふざけをして、それが犯罪になって捕まったというニュースをよく目にします。

悪ふざけでモノを壊したりとか、いじりという名のいじめ。

その様子をスマホで録画・録音して、SNSに載せて自分で自分の犯罪の証拠を残している。

それを見てヤバイと思った子が、親とか先生に報告して警察に通報までいく。

それが、暴行・脅迫、名誉棄損、器物損壊、業務妨害、窃盗といった、おどろおどろしい罪に問われてしまい、取り返しのつかない事態にたっています。

何をやったら、どういう犯罪になるのか?

これは刑事法専門の弁護士先生の分野で、そして、これをやったらつかまえるとかは警察の方が決めるので、私のような民間の人間が説明するのは難しいです。

また、刑事法の内容をくわしく解説すると、法律を勉強して大丈夫なように行動すればいいじゃんという危険なトンデモない考えに結びつきかねないので、私は、ここでは、あまり書きたいとは思っておりません。

ひとことで言うと、他人のカラダ、財産に対して攻撃することが罪になる可能性が大きい。これだけを申し上げようと思います。

ご存知のように、この日本という国は、自由主義、そして、資本主義という社会のしくみを採用しています。

人は誰でも好きなように自由に生きる権利があって、自分で稼いだお金は自分で使えるのです。

ですから、他人のカラダや財産を勝手に傷つけたり処分したりすることはできないのです。

これを子供たちに伝えていくためには、私は、「ふだんから道徳的な生き方を心がける」。これにつきると思っています。

他人を思いやって、自分がされてイヤなことは他人にしない。

これさえ守れば、自由主義とか資本主義も守れるのではないでしょうか。

子供たちに対しては、
① 家族を大切にすること
② 他人を思いやること
親御さんがふだんから姿勢でしめす。

そういう地道な取り組みを続けるのが、結局は近道になるのではないかと思っています。

法律の相談先

「こうすればいい」と言われたので、その手続きをしてほしいという方が、たまにいらっしゃいます。

事情を尋ねると、知り合いにそのようにすすめられたということなのですが、その知り合いの方がおっしゃる根拠は、

「テレビで専門家が言っていた」

「新聞の特集記事を読んだ」

「ネットの質問コーナーにあった」というものです。

資格を持った専門家が言っているのだから問題ないでしょうとお思いになるかも知れません。

しかし、法律の世界の結論というものは、条文にあてはまるかあてはまらないかをケースバイケースで判断しなければならないことが多いです。

ですから、先ほど根拠としてあげた情報ソースが、あなた自身のケースに当てはまるとは限りません。

なので、専門家に相談していただきたいということになります。

とはいっても、どこのだれに相談したらよいかわからないという方がほとんどだと思いますので、今から説明いたします。

私は20年ほど公務員として働いておりました。

県民相談などを経験して、何らかの法律の相談をどこにしたらよいかを知らない方が結構いらっしゃるということを実感しました。

といっても、自分で調べるのは限界があります。

困った時の正しい相談先を感覚としてつかんでおく。イメージだけでも掴んでおけば結構、気が楽になるのではないでしょうか。

出発点(基本的な考え方)

まずは、自分の利害関係人、つまり自分と利害が対立する相手はどこになるかを把握する必要があります。

その相手が役所の場合(官・民の関係)は、まずは、役所に行って事情を尋ねる。

その相手が他人の場合(民・民の関係)は、役所はタッチしませんので専門家に相談する。

そういうイメージです。ここを間違えると、時間と労力がたくさんかかってしまいます。

役所の相談窓口

官・民の関係の場合、通常は、役所から来た文書に連絡先が書いてあるので、窓口はそこになります。

窓口が分からない方、そして、民・民の関係の困りごとのある方には、特に話を聞いてくれる相談窓口があります。

これが、市民相談コーナー、県民相談コーナーという名前を使っていて、公務員が対応するものです。

お客様のお話を伺って、「相談窓口はあそこです」と交通整理をするのが役目になります。

お客様と役所との関係の場合でしたら、役所の窓口を紹介します。特に、その相談窓口が同じ役所の中でしたら、そこを紹介して連れて行ってくれるので、すぐに担当者とつながれるでしょう。

しかし、民・民の関係の場合、役所の出番はありません。

その場合、専門家の団体、弁護士会、行政書士会の連絡先を教えて終わりです。

または、その団体でやっている無料相談会を案内されます。

士業という専門家

次に、専門家というもの、特に士業がどういうものかについて説明いたします。

士業というのは、ナントカ士というように名称の終わりが「士」になっているものです。

ざっくり説明しますので、ここでイメージをつかんでしまってください。

・税理士:税金の申告、税金の相談をお願いする人

・弁護士:裁判の手続きとか争いの代理人をお願いする人

・司法書士:登記の手続き、裁判所に出す書類の作成をお願いする人

・社会保険労務士:労働法で決められている書類の作成をお願いする人

そして、行政書士は、その他全部という感じで、役所に出す書類を作ったり、契約書とか相続手続きの書類も作ります。

ちなみに、行政書士は茨城県内で1100人。本当に身近にいるので、是非活用していただきたいと思います。

もちろん行政書士でなくてもいいです。

この人にたのむと何でも相談に乗ってくれる。

かかりつけのお医者さんのように何でも相談できるような専門家を見つけてキープしてください。

じゃあ、どういう人がいいのか?

これは、話しやすい環境を作ってくれる人につきます。

・腰が低くて礼儀正しい
・明るい
・聞き上手
・口をはさんだり知識をひけらかしたりしない
・カンタンな言葉で説明してくれる

そういう人は、いろいろな専門家とネットワークもできているので、自分の専門外の質問とか相談だったとしても、その道の専門家を紹介できます。

ワンストップサービスという言葉があります。

「この話は自分じゃないよ」「○○士のところで行って」で終わりではなくて、専門の○○士を紹介しましょうかと言ってくれる人が理想です。

そういうことを昨年、あるセミナーでお話していたら、そんな人いるのと言われました。

ネットで検索してもなかなか分かりません。そういう人がいないかとまわりの方に言い続けてください。情報発信すれば必ず見つかると思います。

ここまでが本題となりますが、ごくあたりまえの常識を持って、あたりまえに行動する。これだけが私の言いたかったことです。

この他にも子供たちに伝えなければならないと思うことが2つあります。それは、情報リテラシーとファイナンスです。

情報リテラシー

ネットのない時代は、テレビと新聞が主な情報源で、調べたいことがあれば図書館に行って調べるというものでした。

ネット革命が進んで、ニュース記事、そして雑誌の記事もネットで見ることができるようになりました。

新聞の1面を見る替わりに、検索サイトやSNSのトップページに出てくるニュースのトピックを見るという方が多いのではないのでしょうか。

ここには、どうでもよい記事や、ゴシップも並んでいるのですが、これらがヘッドラインであるかのような錯覚に陥ってしまいます。

さらに、「賞賛の声が多数」「数多くの批判ツィート」という表現が多く、価値判断を誘導する記事にのせられてしまう方って多いのではないでしょうか。

このような環境では、信用できる情報、自分にとって有益な情報を選別することが難しくなっていると感じています。

メディアリテラシーという言葉があります。

これは、沢山の情報メディアを主体的に読み解いて必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のことです。

これをネットの世界でもできるようにすることが必要です。

特に、先鋭的であるとか過激で面白い主張は、頭を使うこともなく飛びつきやすいので、気軽に読んでしまう。

そしてこれをパクって、友達に話し、いかにも自分の考えのように面白おかしく話題にしがちになって思考停止に陥る。

それでは、信用できるのかできないかは、どう見分ければいいのでしょうか?

全く惑わされないということは難しいと思いますが、私は次のような視点で信ぴょう性をはかっています。

書いている人が誰なのか?その方は実際に経験を持つ専門家なのか?

・伝聞記事だと、だれが言っているのか名前が出ているのか?

・使っているデータは誰が作ったものなのか?

こういう視点でみていくと、内容があやしいと思われるのは、取り扱っている内容が、政治的な背景を持つ議論とか意見が真っ二つに分かれているときの、一方のみの立場を紹介してインタビューとか特集を組む場合です。

冷静さを欠いて、あつく攻撃的な論調のときは、つられないで冷静に見る姿勢が必要だと思います。

ファイナンス

お金の流れのしくみであるファイナンスは学校では教えません。

本屋さんのビジネス書のコーナーでもなかなか見つからず、家計簿のつけ方のノウハウ本ばかりを目にします。

月々の給料の使いみちを細かく書き出して、同じような生命保険に加入していないかチェックするとか、スマホの料金プランを見直すなどとか、節約して、せっせと貯金しましょう。

将来、経営者として独立するのか、企業に就職してサラーリーマンになるのかが別として、私は、どういう手段で必要なお金を手に入れるかについての知識を持っておくべきだと思っています。

実際は、どこに行って、どういうふうに交渉して、お金を手に入れるのか。これは、実際に自分でやっていかないと身につきません。

しかし、借りるのか、もらうのか。どういう人が貸してくれるのか、どういう機関が補助金をくれるのか。この大枠を押さえておかないと、必要な場面になっても自分で取り掛かることすらできません。

この大枠であるファイナンスの基本のキの部分を勉強すべきです。

なお、リスクヘッジについても知識は持っておくべきでしょう。

かつて絶対に起こらないと言われていた、銀行や証券会社の倒産を経緯として、1000万円までは保障されるペイオフという仕組みができました。

銀行がつぶれるとか、国債が暴落して円の価値がなくなるといったことは実際に起こるかどうかは別として、他の国では起こったことがあって、可能性はゼロではないということは頭に入れておく。

円で貯金しておくだけではなくて、外国の通貨にも分けて持つ。複数の金融機関に資産を分散させる。

実際にやるのかは別として、こういう方法があるんだということは知っておくべきです。

最後に

私のつたない文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

実は、書き綴った内容は、大学の法学部生なら1年生で分かっているレベルのものです。

私は、亡き両親が一生懸命働いてくれたおかげで、何不自由なく暮らし、アルバイトもせずに大学まで進み、現在、好きな法律の分野の仕事をしています。

前述のとおり、日頃のご相談では、「法律の基本的な考え方さえ分かっていればいいのに」と思う場面に何度もあたってきました。

その中には、両親の旧知の方もいらっしゃいます。

私が両親から受けた恩、そして、両親が皆さまから受けたご恩。

これを何らかの形で返さねばならない。そして、その返す先は、次世代の子供たちだと思っています。

このような思いから、本稿をしたためた次第です。

そして、本稿を完成したから終わりではなく、私の法教育取り組みは始まったばかりです。

何度も見直してバージョンアップしながら、啓発活動を進めてまいる所存です。皆様からのご意見・アドバイス等をいただければ幸いです。

<了>